智はにこにこと屈託のない笑顔を向けてくる。ため息が出た。
「あのねえ、知ってるでしょ。私は今まで散々ろくでもないのと恋愛してきたの! ああいう軽い男は御免だわ」
何度となくお互いの家を行き来して、夜通し語った恋愛話。里奈はしっかりしているせいか、つい依頼心の強い甘え体質の男に好かれてしまう。その上、女性にだらしがなかったり、お金にルーズだったり。どうしようもない悪循環の果てに、メルアドや携帯の番号を何度変えたことか。まだ20代前半だというのに、里奈はかなりの修羅場を潜ってきたのだ。
「誠也さんは、ろくでもなくないよ?」
智は邪気の無い瞳を里奈に向ける。
「あのねえ、あの人の女癖の悪さ、知らないの?」
「だって、ここずっと式の準備でお話してたでしょ、悪い人じゃないのはわかるよ?」
この子は、人を疑うことを知らないのか。ここまで無事に真也と結婚まで辿り着けたのは、本当に幸運だと思う。ティファニー 1837
「あのさ、智。女癖が悪いっていうのは病気なの! 天才的に頭が良くてばりばり仕事が出来たって、どんなに優しくて思いやりがあったって、女癖はまた別物なんだってば! 一国の首相とかハリウッドスターだって、身を滅ぼすのを分かってて、何度も浮気したりするじゃん。あれだけは病気だからどうしようもないんだよ」
「……なんか、自分に言い聞かせてるみたい。誠也さんを好きにならないように」
「はあ?」
里奈は智を見た。にこにこ笑う天使のような笑顔。でも侮れない、天性の鋭さ。ほんと智は接客に向いてる。感覚ですぐに人の気持ちを察し、つかみ取ってしまうんだから。
「あんたみたいに幸せ惚けしてる人の口車に乗らないわよ! さ、打ち合わせしよ!」
里奈は招待者のリストを広げた。
決めたんだ。もう大人なんだから。
会う度苦虫を噛み潰したような顔をする里奈を見て、誠也は苦笑した。今日彼は新しいヘアアクセサリーを求めて、ブルームに足を運んでいた。
「いつになったらうちの店に来てくれる?」
「誠也、俺の一番弟子をいじめないでくれるか」
真也は店のディスプレイをいじりながら弟を窘(いまし)める。ウェーブのかかった黒い肩までの髪をシュシュでまとめて、片耳にシルバーのピアス。一見派手に見えるが左手薬指には永遠を誓った控えめな指輪が輝いている。誠也は兄が絡んできたのをこれ幸いと話しかけた。
「なあ、兄貴。今日これから里奈ちゃんちょっと貸してよ」
ぎょっとして振り返る里奈に、誠也は目線を合わせ口の端を上げた。
「ちょうどキャンセルが出てさ。カットとトリートメントしたいんだ。ヘアアクセの店なんだから、髪はきちんとメンテしなきゃだろ?」
真也はほぼ伸ばしっぱなしの里奈の髪を見ながら、うう、と唸った。ティファニー ロック
「確かに、綺麗な髪なのに勿体ないなあ、と思ってはいた」
「えっ!」
真也までそんな事を。まずい。里奈は救いを求めるように真也を見上げるが、願いは届かなかった。
「お前がいいなら是非頼むわ。但し、うちの大事な店員だからな。毒牙にだけはかけないように!」
びしっと指さす兄の手を払いのけて、誠也は里奈に微笑んだ。
こんな時間に、予約を取るわけがない。
「いや、この時間は俺の親しいお客様限定の予約時間なの。他の従業員がいないとお互いリラックスできるでしょう。ほんとにキャンセルだったんだよ?」
予約ノートを見せて微笑む彼にピンと来た。この時間に来るのは、彼を取り巻く美しい女性達。ふたりきり、耳元で甘い言葉を囁きながら髪を切ってもらうなんて、この上ない贅沢だ。女だったらすぐまいってしまうだろう。
うっかり彼のテリトリーに足を踏み入れてしまったことを、今更ながら悔やんだ。
彼は力なく椅子に座った里奈にぱさりとクロスを掛けた。
「少しシャギー入れてもいい?」
首の所で留める時に彼の指が首に触れてぞくっとする。冷たい指。
「ヘアアクセ使うのに影響が出ない程度なら」
「了解」
彼は里奈の髪をするりと束ねるようにして持った。それだけで、背筋にざわりと痺れが走る。そうか、髪を切られると言うことは、至近距離で触られるということなんだ。鏡の中から覗き込まれると、まるで喉笛に噛みつこうとしている山猫に見つめられているよう。里奈は首筋をぴんと伸ばした。しゃきしゃき、と鋏が耳の側で鳴る。時折耳の後ろや首筋に触れる冷たい指。押しつけられる身体は温かくて。何か試されているみたい。そう思う自分にはっとして、里奈は心の中で首を振る。ブルガリネックレス